ワクチン副反応投稿例

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 私の病棟の同僚が二人呼吸困難で救急車で運ばれました。命はとり止めましたが、1人はまだ10日以上経ちますが微熱が続いています。ほかにも熱が出た人複数、打ってない腕まで痛い、頭痛、倦怠感、高血圧、等々です。

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令和3年5月28日16時半接種、19時41分死亡
ロット番号EY4834ファイザー

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義父77歳が、コロナワクチン接種後、急死しました。 5/30日曜の午後3時に接種、翌31日は朝から趣味のグランドゴルフに出かけ、仲間たちとお茶した後、畑に行って一人で、500mlペットボトルくらいの太さの木をノコギリで切っていて、倒れたそうです。 畑で一人、ということで、当日は天気も良かったので、「熱中症の疑いは?」と義母に聞いてみたんですが、「木が生い茂っている場所なので、それはない」と。 いつも昼に帰ってくるところが、帰ってこないので、電話も不通で、近くなので義母が畑に見に行ったところ倒れているところを発見したと・・・。 

 死亡検案書の死亡時刻は31日午後1時半。接種から24時間以内の突然死です。 当日、倒れる寸前まで元気だったことを考えると、他に原因はあり得ないですね。 死後、「枠陳が原因ではないのか?」と一番医者に詰め寄っていたのは、夫の弟さんだったとのこと。 この、「心筋梗塞(疑い)って何や!!?」と医者に詰め寄ったらしいです。 その医師は、「いや、CTを撮ったが、そういう所見は見受けられず・・・ゴニョニョ・・」と逃げられたとか。 というわけで、死亡診断書を書いた医師に、報告依頼をするのは絶望的だと思います。 弟さん家族も、夫自身も、枠陳が原因だとの強い疑念は持っているそうです。 ですが、義母が、「567死したと知れ渡ると、今後のお付き合い等に響く??等、諸々考慮して、事を荒立てたくない、急性心筋梗塞という形で、」一応納得することにしたそうです。 なので、夫、弟さん共に、母の意思を尊重することにしたと。

 こうして闇に葬り去られている事例が無数にあるのだと実感しました。 夫は、義母の以降で事を荒立てるな、とのことなので、わたしが一人でコッソリと報告します。 ちなみにO O市なので、ファイザーです。1回目。

6月8日(火)

遠い間柄の事で詳細わからないのですが、医療従事者 20代後半 女性
5月中旬接種 接種後(時間不明)吐き気と嘔吐が止まらず出勤が出来ていないとのこと。現在の詳細わかりません

6月8日(火)

コミナテイ2回目(EY2173)5月12日接種
接種日夜から接種部位の筋肉痛、倦怠感、翌日から頭重感。筋肉痛は3日目には消えたが、倦怠感、頭重感は10日ほどつづいた。ワクチン接種と関連があるか不明な症状として、下記に記す。
接種10日後ぐらいから2週間ほど、軽い下痢〜軟便症状を認めた。日により嘔気もあった。(単なる軽いウイルス性腸炎の可能性もある)
接種2週間後、通常の月経周期の3-4日前から、茶色い凝血塊がでて、だんだん量が増えた。今まで経験したことのない塊だった。通常の月経開始ごろに、通常の月経血が出始めてその後は通常の経過で月経が終わった。
更年期(52歳)であり、月経の乱れはワクチンによらずとも出る可能性はあるため、関連は不明だが、いつもと違う状態があったため、報告した。以上、コミナテイ接種後に生じた自覚症状です。

6月8日(火)

20年程、病院や施設の正社員として勤務してます。沢山の薬害を目の当たりにしています。救えるものは救いたいです!宜しくお願い致します!
◆ 私が以前働いた所や、友達が働いてる所で、接種後の様子を色々と当たってるんですが、本当酷かった。近くの老人施設で、接種後に入院となった人も多く、死んだ人は一か月に7人も短期間でこんなに沢山、施設の老人が亡くなるなんて聞いたのは初めてです

◆ 職場のパートさん、打った後、高熱でて寝込んだらしいけど、熱が下がった今でも、手の痺れが消えない、と今は手だけだけど、他に広がらなきゃ良いな、と思ってるって、不安げに言ってました。 「接種してから約一週間くらい経ってるんだけど、射った左腕に結構痛みが出て左腕から頭に掛けて痛い」と、また別の友人がLINEして来ました。

職場では強制だと言ってる人がかなり多くいます私は断りましたが。

6月8日(火)

O O看護学校で教員をしておりますO Oと申します。新型コロナワクチンに関しましては、今回、生徒に大変つらい思いをさせてしまい、私自身も非常につらい経験をしました。私の看護学校では3月末日頃から、生徒に対して新型コロナワクチンの接種希望を募り始めました。厚生労働省の通達通りに、本校でも『接種は任意であり、強制ではない』としていました。結果、生徒の接種希望率は約28%でした。4月初旬に病院本部からワクチン接種委員会の委員長である医師がアポ無しでお見えになられました。病院本部は接種率が90%を超えているのに、学校の接種率は著しく低い。どうにかならないかとのことでした。「接種は任意であり強制ではないとした結果です」と説明したところ、「生徒だって実習に行けば患者と接触するだろう。ウイルスを持ち込んだらどうする?病院本部の医療従事者90%の努力を無駄にする事になる」と言われました。これに対し、「ウイルスを持ち込むのはワクチン接種者の可能性もあり得るし、持ち込みをゼロにはできない。生徒の中には新しいタイプのワクチンに対して怖いという感情を持つ者もいるし、高齢者や基礎疾患を持つ方々の方が優先順位は高いから私は後回しにして欲しいと言う者さえいる」と説明しました。しかし、委員長は納得せず、「教員なら生徒の恐怖を取り除く努力をしたらどうか」と怒鳴り、椅子を叩くなどの行動をされ、接種率を上げることに固執されました。結局、学校長は本部から圧力を受ける形となりました。教務主任は、生徒に対して「今後実習に行けなくなる可能性があること、就職出来なくなる可能性があること、80%以上の接種率とすること」を伝えました。結果、本校の接種率は約85%となりました。教員に脅されたと、泣いている生徒もいました。ワクチン接種は任意のはずです。任意なのに現場では確実に強制力、同調圧力が存在しています。どれだけ丁寧に説明をしても、新しいタイプのワクチンを怖いと思う生徒はいます。むしろその方が普通です。また、自分よりもリスクの高い方(85歳以上の高齢者や基礎疾患を持つ方)にこそ優先的に接種して欲しいと思う生徒は本当に優秀だと思います。しかしかれらの思いは無視されました。残念です。本当に残念です。人権などないと思いました。私は生徒の人権を守れなかったことが本当に辛かったです。

6月15日(火)

リウマチと肺膿症の既往症があります。1回目は、腕はどうもなかったのですが、打った夜と次の日に、咳が酷くて、息をするのも辛かったです。また、次の日に倦怠感が酷くて、買い物先のスーパーで座り込んでしまいました。歩くのも辛くどうにか家まで帰り、次の日まで寝込みました。二回目の摂取を悩みます。68歳主婦

6月15日(火)

メッセージ: 私はワクチンは打ってないですが、知り合いの看護師がコロナワクチン接種後、ひどい副反応が出て、今も、PTSDと頻拍発作で、日常生活に支障をきたし、精神科にもかよっています。その看護師の経過おくります。

コロナワクチン接種後・副反応の経過について当日は体調は普段と変わりなく直前まで勤務をしていた。金属アレルギーはあるが、皮膚疾患以外の基礎疾患はなし。これまでに他のワクチン接種や薬剤によるアレルギー症状が起きた経験もなかった。令和3年3月15日、職場の集団接種にて1回目のファイザーのコロナワクチンを接種した。接種後は、待機場所までふらつきなく歩行し移動できた。待機場所に着席して、接種から数分後(2〜3分)に突然めまいと同時に身体の異変を感じた。ピーナッツが喉に詰まったような窒息感を感じ、職員に助けを求め救急外来に搬送された。窒息感は約1分後には消失したが、すぐに動悸、頻拍発作(150-170回)、悪寒、体の震え、四肢冷感、顔色不良、発熱、激しい頭痛、倦怠感、呼吸困難を感じ、症状が持続した。3時間ほど救急外来にて経過観察したが異常はないとの診断で、なんとかふらつきながら帰宅した。帰宅後から翌日も倦怠感が強く、トイレに行くだけで20分かかるくらい動けなかった。微熱〜発熱、頻脈発作、呼吸困難を繰り返し、動くこともままならない倦怠感のため仕事を休んだ。

3月18日、倦怠感を感じていたが出勤した。その際に呼吸困難、動悸を感じてそのまま外来受診となった。頻脈(150回)であったが検査では問題ないと診断され帰宅し、週末まで仕事を休むこととなり自宅安静にしていた。3月22日より仕事を再開した。労作や会話による呼吸の苦しさ、疲労感や倦怠感、体に違和感を感じながらも仕事はできていた。

3月26日、仕事中に突然激しい動悸、頻拍発作(150-170)悪寒、体の震え、頭痛を感じてストレッチャーで搬送され観察室で経過観察していた。
症状が改善せず頻拍発作が継続し心拍200回まで上昇、顔色不良、意識レベル低下し救急外来に搬送された。悪寒、体のふるえ、39度近くの発熱、強い倦怠感、呼吸困難感が続きあまりの苦しさに耐えられず意識も消失し死を覚悟するほどの苦しみを伴った。
薬剤治療を受けたが、発熱、強い倦怠感、頻拍発作、呼吸困難感が継続し、ワクチン副反応・上室性頻拍の診断で入院となった。入院加療し、自宅でも内服コントロール可能とのことで3月28日に退院した。帰宅しても倦怠感が強く、動ける状況ではなかった。退院して数時間たち、突然体の震えを感じ、意識レベルが低下した。徐脈、血圧低下により救急要請して搬送され、再度3月28日入院となった。

3月28日より症状がさらに増悪し、頻拍発作(130ー190回)、呼吸困難感、激しい頭痛、38〜39度の発熱、体の震え、寒気、冷感の症状が続いた。次第に開眼や会話もできないほどの強い倦怠感、脱力感があり、体力も低下し身動きもとれない状況となった。薬剤治療、対処療法を受けながらも4月中旬〜末近くまで重い同症状が続いた。その後、徐々に軽快はしたものの症状は消失することなく5月中旬まで継続していた。

4月中旬〜末あたりから恐怖心の増強を自覚し、興奮状態、不眠となった。
「いつ死ぬかわからない」「今度こそもう死ぬかもしれない」と恐怖感が何度もよぎり、眠ることも、薬を飲むことも、人の顔や声、物音、何もかもに恐怖を感じるようになり、ワクチン副反応によるPTSD(心的外傷後ストレス反応)との診断を受けた。
また、PTSDに伴う自律神経失調症により手足や唇、舌のしびれ、下痢、めまい、吐き気、発汗異常、ふらつき、窒息感に襲われ、常に恐怖感で震えが止まらなくなった。

5月28日、ワクチン副反応による後遺症は継続していたが退院し自宅療養となりPTSDについては大学病院へ通院することとなった。6月1日時点でも内服治療中であり、強い頭痛、寒気、微熱、動悸、呼吸困難感、発汗異常は継続している。

コロナ禍で少しでも安全に働けるためにと打ったワクチンで生活の質が低下する結果となり、未だに自宅でほとんど動けない生活である。自分の体でないように感じる苦しさや苦痛があり、これから元の生活に戻れるのか、看護師として仕事に復帰できるのか不安の中過ごしている。未知のワクチンであり症例がなく治療法がなかなか見つからなかったこと、死を感じるほどの重い症状が継続していたこと、コロナ禍で面会ができず毎日一人で辛さと孤独に耐えていたこと、症状の苦しさを周囲に理解してもらえなかったこともPTSDを発症した要因だと感じている。今は、阪大の精神科で漢方薬処方され精神の治療はしてますが、毎日、不安から、頻拍発作がでる。家族みんながストレスを感じ、6歳の息子も落ちつかず、時々暴れるようになる。打った本人以外にも、影響が出ている状況です。

6月15日(火)

叔母がワクチン打って一週間で自殺しました。死にたくないからワクチン打つといっていたのです。打ったあとから言動がおかしくなり、被害妄想等が見られていて、精神科に行く直前に亡くなっていました。
 脳にワクチンの成分が入り込んで、人格崩壊状態だったのではないかと思います。会話も成り立たなくなっていたそうです。インフルエンザタミフルなどのような自殺を引き起こすようなモノが入っているのではないでしょうか?どうしても子どもに接種だけは止めたい。

6月18日(火)

「モデルナ製新型コロナウイルスワクチン接種後にも亡くなった方が現れてしまいました」私には日本中から多くの問い合わせが来ますが、お父さんがモデルナ製ワクチン接種後に亡くなられた方からメールをいただきました。
 亡くなられた方は神奈川県川崎市中原区の大規模接種会場でモデルナ製のワクチンを6月9日14時に接種し帰宅され、帰宅後も接種部に痛みが残っていましたが普段通りの生活を送っておられたそうです。翌日10日になっても接種部の痛みが引かず腫れている状態でしたが特に体調不良も無く過ごしておられたそうです。
 17時頃に食事とデザートをとり就寝されましたが20時半頃、急な体調不良に襲われトイレで嘔吐し、その場で意識を失い心肺停止状態になったため救急要請し緊急搬送されましたが、そのまま亡くなられたそうです。


ワクチン接種後、約24時間後に亡くなったことになり、食事の時に発した『美味しい』の言葉が生前の最後の言葉だったそうです。
 飲んでおられた薬も教えて下さいましたが、基礎疾患として高血圧症、高コレステロール血症、高脂血症、アルツハイマー型認知症などがあったと推測されましたが検視の結果は現段階では心臓関連との曖昧な結果だったようです。
 接種に不安があったため、かかりつけ医に5月20日にワクチン接種の可否を確認すると、かかりつけ医からは接種可能と言われたためワクチン接種をされたにも関わらず突然体調不良となり亡くなり、検視の結果では突然死として扱われ、納得いかない息子さんが厚労省に連絡しワクチン接種による多々の事例がないか確認されたそうですが、厚労省からはファイザー製は厚労省での管轄で接種しているがモデルナ製は今回始まった大規模接種の物なので分からないと回答されたそうです。
 返答に納得がいかず、国で認証し厚労省が代表でコロナワクチンの管理をしているのにモデルナ製のワクチンの副作用や事例などは把握していないのか尋ねると、ファイザー製は厚労省での管轄だがモデルナ製は防衛省管轄であるため分からず、防衛省に問い合わせるように回答されたそうです。


この返答に厚労省、河野大臣、国が推奨している国民の命を守る為のワクチン接種とは何なのか大いに疑問に感じられ、厚労省も含め国が認証したワクチンにも関わらず製薬会社の違いや接種方法(大規模接種など)によって管轄が違うなど管理のずさんさや副作用に対する認識の薄さが伺える状況だと認識されました。
 先日発表された国からの補償に対しても因果関係がわかる診断書が必要とされていますが、現状の検視では『心臓発作』や『心筋梗塞』などの自然死や病死などに値する結果しか出て来ず、直接的な因果関係は立証が出来ず保証も受けられる状況では無いようです。
 その方は決して補償が受けたいわけではなく、ただこの危険性があるであろうワクチンを国が推進し、厚労省が知らぬ存ぜぬの対応によって、泣き寝入りしなければならなくなる方々を、この実例を訴える事によって少しでも少なく、そして大事な人を亡くし、泣き寝入りしなければならない状況と、国や厚労省の管理体制のずさんさを改善させる事を目的とし私にメッセージを送ってこられました。
 厚労省のHPでのワクチンの副反応疑い報告は現時点ではまだ6/9開催分までしか掲載されていませんが一応、モデルナ製のワクチンにも言及があり、 その時点ではモデルナ製で亡くなった事例は0になっていますが、 その方のお父さんは6/9以降に亡くなっていて今後、どんどんモデルナ製でもその方のお父さんのような不幸な出来事が増えていくと思います。  


厚労省がワクチンの副反応疑いにモデルナ製にも言及しているにも関わらずモデルナ製は管轄外と対応を拒否した事に関して憤慨します。
その方は地方自治体の一病院の主治医からのワクチン接種に対する許可や見解も決して確実では無く、医師が言う全ての言葉や見解が正しいとは限らないと疑問に感じておられます。その方はお父さんが亡くなったのはコロナワクチン接種が原因だと思っておられ、お父さんの事を個々のコロナワクチン接種に対する考え方の参考にしてもらい、今の日本や厚労省に対する疑問や不信感を抱かれた方がいれば声を大にし訴えてもらう事を期待し、藁にもすがる思いで私にメッセージを送ってこられました。
 賛同する方がおられましたら拡散して少しでも多くの人に考えてもらいたいと希望しておられます。テレビの情報しか知らずにワクチンに期待している方にこそ考えてもらいたいと思います。
(内容は一部、表現を変えたりしていますが、ご本人の心情を察し、できるだけ原文に近い形でお伝えしています。)

6月19日(土)

私のパート先で勤めている利用者様の奥様の話です。
先々週に2回目のコロナワクチンを接種し2日後に右麻痺と嘔吐している所を送迎時の職員に発見され延命処置しかできない状態です。
静岡県富士市の集団接種会場か病院で受けたものと思われます。
実害が出ているにも関わらず施設長は利用者さんに安心して打ってきてなど勧めている現状があります。

6月22日(火)

義祖母が、殺仲罠苦沈を特養の施設内での同調圧力により、2回接種を強いられ死に至りましたので、死亡までの経緯をお伝えさせて頂きます。義祖母の死を無駄にしないためにも、当事例があった事を、後世に残して頂きたいので投稿します。遠方に離れて暮らす義父から、義祖母の事で私に電話連絡があった情報です。

義祖母(100歳)は、約8年間岐阜県内の特養の介護施設に入所しておりました。
これといった持病はありません。病院受診は、餅を一時的にのどに詰まらせ意識を失いかけた時のみで、内服はしておりません。義父が一人で義祖母の世話をしておりました。義祖母は、足腰が年々弱り、車いす生活を施設で送っておりました。足が弱い以外は不自由なく生活しておりました。コロナ騒動以前は、義父は毎日面会が出来ました。
面会の際は、施設の庭に車いすを押し、義祖母を連れ出しておりました。
その時の義祖母の横顔は、穏やかで幸せそうな表情でした。また、義祖母は食欲旺盛で元気があり、施設の職員の方々から可愛がって頂く日々を送っておりました。
コロナ騒動後の面会謝絶の中での、義祖母の楽しみは、義父から持たされた携帯電話のラインで、毎日義父と話をすることでした。何気ない日常生活に異変が現れました。

令和3年5月1日 義祖母の足に浮腫出現。施設から、義祖母の足が浮腫んで靴が合わないので、新しい靴を持参してほしいとの電話がありました。義父はサイズの大きい靴を買い施設に届けました。

5月10日 殺仲罠苦沈 1回目の接種施行。接種前に、施設の罠苦沈担当者から同意書が義父へ手渡されました。担当者は次のように義父へ告げたそうです。もし打たない場合は、打たない人が感染したらクラスターが発生するので、個人の場合は別だけど集団の場合は皆さん罠苦沈を打たないといけないですよねとのこと。これを聞いた義父は、今回の罠苦沈は危険なので打たせたくないとの想いから、医師にも相談しました。
 医師からは、打たせた方がいいでしょうと言われたので、打たせることに決めたそうです。

後に、義父はこの時苦渋の決断をしたんだと私に話してくれました。義父曰く、義祖母一人だけ罠苦沈を打たないわけにはいかない。自分が介護できないので、施設のお世話になっている手前、皆に合わせるしかないと判断したんだ、仕方なかったんだ。との苦しい胸の内を私に打ち明けてくれました。

施設内で市民病院の医師により
殺仲罠苦沈 1回目の接種が行われました。

5月18日 義祖母急変義祖母が、突然胸苦を訴えたため市民病院へ搬送され入院となりました。
急性心不全と診断されました。
肺に水が溜まっているので水を抜く処置と、貧血が進んでいるので、輸血が必要だと言われ輸血を受けました。
医師からは危ない状態だから覚悟してくださいと言われ、義父は親戚に連絡を入れました。

5月23日 義祖母一時的に状態改善。ライン面会できますがどうされますか?と病院から連絡があり、義父は次回面会時に希望したいと病院側に伝えました。

5月31日 殺仲罠苦沈、2回目接種施行。施設から事前に連絡はなく、打ちましたよとの事後報告がありました。

6月4日 状態一時的に改善。4人部屋に転室。食事が出来るようになり、 尿の管を外せるようになりました。主治医から、義祖母は生命力の強い人ですべてよくなりつつあり、退院を視野に入れ治療しますと言われました。
また、主治医からお別れの挨拶がありました。私は地元の病院に戻りますから、義祖母様は引き続き別の医師が担当しますとのこと。

6月6日 義祖母 傾眠状態となる。義祖母は普通の呼びかけに一時的に目をあけるが、その後再び傾眠状態となり食事が摂れなくなりました。新たな主治医からは、この状態が続けば先は長くないと告げられました。

6月9日 病院側からの直接面会の許可がおりる。義父が病院側に以前から依頼していた、直接面会がようやく許可されました。面会時の様子は、主治医から聞いていたとおりでありました。この日以降、義父は毎日義祖母の病床まで面会をしました。

6月15日 義祖母死去 死亡時刻18時28分。当日、義父はいつものように面会しました。面会を終え自宅に付いた後に、義祖母の様態が悪化との連絡が病院から入りました。駆け付けた時には息を引き取っていました。以上です。

追記 義父曰く、義祖母の最後は殺仲罠苦沈によって亡くなったけれども、天寿を全うしたと思っています。多くの方々のお陰で100歳まで生き切りました。施設や病院の方々には、本当に良くして頂きました。悪気があって殺仲罠苦沈を打たせたわけではないので、施設や病院を悪く言うつもりはありません。母もそれを望んでないと思います。私も義父の想いに同感しております。 私にとって義祖母の死は、殺仲騒動について、新たに考えるキッカケを与えてくれました。義祖母の死を通して、どのような死に方をしようとも、日々を自分にできる最善を尽くして、悔いのないように生き切る事だと、義祖母は自分の命の灯が消えるまで、
身をもって私に教えてくれました。

100歳まで体の状態を健康的に維持して、心穏やかに義祖母が過ごした。生き様(死に様)からは、私のように生き切りなさいとのメッセージを義祖母は、私に残してくれました。当事例が、誰かの為にお役に立てる事が出来れば、義祖母の魂は喜ぶと思います。長文乱文にも関わらず目を通して下さり感謝です!時節柄くれぐれもご自愛ください。

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